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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2481号 判決 1999年8月30日

控訴人 選定当事者 池盆杓 ほか一四名

被控訴人 国

代理人 川口泰司 田中芳樹 松崎研丈 鈴木秀幸 向山敏明 川上忠良 ほか二名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人らの当審における予備的請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら(ただし、次の2、3項の鉤括弧内の記載は、控訴状の「控訴の趣旨」欄記載の表現によったことを示す。)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人選定者目録記載の控訴人選定者らに対し、

(一) 「日本帝国主義の侵略に依って作成された、韓・日両国間の一九〇四年二月二三日字協約(韓日議定書)、同年八月二二日字協約(外国人顧問酩傭聘協定)、一九〇五年一一月一七日字協約(所謂乙巳保護條約)、一九〇七年七月二四日字協約(所謂丁未七条約)及び一九一〇年八月二二日字協約(合邦条約)は各当然無効であるので、右無効条約に基づき韓国を支配したる不法行為と、」

(二) 「韓国支配期間中」控訴人選定者ら「韓民族に対して生命及び財産の収奪と精神的、身体的苦痛を加えた行為及び其他の各種不法行為と、」

(三) 「日帝侵略と太平洋戦争挑発の不法行為に因り韓国の国土両分と民族離散、又この原因に基づき六・二五動乱と民族相残等が惹起されたこと

等の各不法行為に因って」控訴人選定者ら「を含む韓民族が蒙った被害に対して、原状回復、損害賠償及び公式謝罪の責任がある事を確認せよ。」

3  被控訴人は、

「前項各不法行為に因って」

(一) 控訴人選定者ら「を含む韓民族が政治的、経済的、社会的、文化的に蒙った被害と生命、財産等の収奪被害並びに精神的、身体的苦痛に対して」原判決別紙「謝罪文」<略>「の内容通り謝罪する事と、」

(二) 「数多い独立志士犠牲者に対する賠償として、この民族代表三三人の遺族中一人である」控訴人選定者<略>「に対して金一円を支給し、」(請求の減縮)

(三) 「戦争期間中韓国人を挺身隊、労務者、軍属、軍人等に強制連行した後死亡したと推定される約四〇余万名中」控訴人選定者<略>の控訴人選定者ら「の被相続者達に対して、」

(1) 「連行されてから死亡に至った過程に関して即時調査節次を履行し此に対する身分関係資料を引渡すべき事と、」

(2) 「同人等の遺骸(又は遺骨)を送還する事と、」

(3) 各控訴人選定者ら「に対して」各「金一円を支給し、」(請求の減縮)

(四) 「強制連行された挺身隊、労務者、軍属及び軍人等合計約二、〇〇〇、〇〇〇余名中」控訴人選定者<略>の控訴人選定者ら及び<略>の控訴人選定者ら「に対し各金一円を支給し、」(請求の減縮)

(五) 「千余万名に達する南北離散家族に対する賠償としては、控訴人選定者<略>の控訴人選定者ら「に対し各金一円を支給すべし」(請求の減縮)。

4  当審における予備的請求(控訴人選定者<略>関係)

(一) 被控訴人は、控訴人選定者<略>の各控訴人選定者らに対し、3(一)記載のとおりの謝罪をせよ。

(二) 被控訴人は、右控訴人選定者ら各自に対し、3(三)(3)記載の金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

6  仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二事案の概要

一  事案の大要及び争点

本件は、被控訴人が、一九〇四年二月二三日の「韓日議定書」以降、当時の「大韓帝国」の主権を徐々に侵略し、一九一〇年に同国を併合し、以来、一九四五年ころまで同国の領域を支配したことなどに関して、大韓民国(以下「韓国」という。)の控訴人(選定当事者)らが、被控訴人に対し、公式謝罪、損害賠償、調査報告、身分関係資料及び遺骨の引渡し等を求めた事案である。

本件請求は、控訴人(選定当事者)らが、(1)国債慣習法、(2)一九四三年のカイロ宣言、一九四五年のポツダム宣言及び日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)、(3)国際司法裁判所規程において国際司法裁判の準則とされている「文明国が認めた法の一般原則」(以下「法の一般原則」という。)、(4)ニュールンベルグ国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判所条例に規定された「平和に対する罪」及び「人道に対する罪」、(5)日本国憲法(以下「憲法」という。)前文二段、(6)民法七〇九条、(7)憲法前文一段、二段、同九条による認められるとする「道義的国家たるべき義務」に基づく国家賠償法の類推適用、(8)大日本帝国憲法(以下「明治憲法」という。)二七条にそれぞれ基づいて、被控訴人との関係で、又は被控訴人に対し、(1)被控訴人が「一九一〇年八月二二日韓日条約」等に基づき韓国を支配したことなどの不法行為により控訴人選定者らを含む韓国民に与えたとする被害について、被控訴人に原状回復、損害賠償及び公式謝罪の各義務(以下「本件原状回復義務等」という。)が存在することの確認、(2)右不法行為により被控訴人が控訴人選定者らを含む韓国民に与えたとする被害及び苦痛についての謝罪、(3)太平洋戦争中に被控訴人が控訴人選定者ら又はその被相続人を軍人、軍属等として強制連行したことなどについての死亡までの経過に関する調査報告と身分関係資料及び遺骨の引渡し、(4)被控訴人からの独立運動を行い被控訴人から弾圧を受けたとする控訴人選定者ら及び被控訴人による韓国支配及び戦争挑発行為の結果として、家族が南北に離散したとする控訴人選定者らに対する損害賠償金の支払を求めるものである。

当審における予備的請求は、元「従軍慰安婦」被害者、生死不明者及び遺骨所在不明者等の相続人らである控訴人選定者らが、国家賠償法一条一項に基づき、賠償立法を怠った被控訴人の国会議員の立法不作為について、公式謝罪及び損害賠償を求めるものである。

争点は、原判決五丁裏七行目から同六丁表七行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決六丁表六行目末尾の次に「、(4)立法の不作為による損害賠償等の請求」を加える。

二  控訴人(選定当事者)らの主張

<略>

三  被控訴人の主張

<略>

四  当審における予備的請求に関する当事者の主張

1  控訴人ら(控訴人選定者<略>)

憲法前文、九条、一四条、一七条、二九条一項及び三項、四〇条並びに九八条二項の各規定を総合すれば、憲法解釈上、被控訴人の国会議員は、帝国日本による侵略戦争及び植民地支配により、被害、とりわけ後記(一)及び(二)掲記の各控訴人選定者らないしその被相続人が被ったような被害を受けた個人への戦後賠償ないし補償を行う立法をすべき義務を負うことは明らかである。にもかかわらず、同国会議員は戦後五〇年を経た今日に至るまでかかる立法をしないまま放置してきたのであるから、右の立法をなすべき合理的期間を十分徒過している上、立法しないことにつき少なくとも過失があるから、以下に述べるとおり、予備的に立法不作為に基づく国家賠償請求として、国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条の規定に基づく公式謝罪及び損害賠償を求める。

(一) 従軍慰安婦関係(控訴人選定者<略>)

(1) 控訴人選定者<略>の亡妻<略>(強制連行当時二児の母親、二一歳、以下この項において氏名末尾記載の年齢はいずれも強制連行当時の年齢である。)、控訴人選定者<略>の亡従姑母<略>(一六歳)、控訴人選定者<略>(一六歳)、控訴人選定者<略>の亡妹<略>(一三歳)及び控訴人選定者<略>の亡母<略>(一八歳位)は、いずれも甘言、強圧等により従軍慰安婦として旧日本軍の関与する慰安所に強制連行され、監禁同然の状態で長期間、旧日本軍軍人との性交を強要され、性的奴隷として被った肉体的、精神的苦痛は極めて過酷なものであり、帰国後もその恥辱に苛まれ、今なお心身ともに癒すことのできない苦悩のうちにあることは、原判決別紙一の「第三、原告の身分及び被害状況」の当該控訴人選定者欄記載のとおりである。

(2) この従軍慰安婦制度は、徹底した女性差別、民族差別思想の現れであり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、当時においても、婦人及び児童の売買禁止に関する条約(一九二一年)や強制労働に関する条約(一九三〇年)上、違法の疑いの強い存在であった。

のみならず、(1)で主張したような、未成年女子や子供のある若い婦人をも対象として、甘言、強圧等により本人の意思に反して慰安所に連行し、旧日本軍隊の慰安所に対する直接的、間接的関与の下、政策的、制度的に旧日本軍軍人との性交を強要した行為が二〇世紀半ばの文明的水準に照らしても、極めて反人道的かつ醜悪な行為であったことは明白であり、少なくとも一流国を標榜する帝国日本がその国家行為において加担すべきものではなかった。にもかかわらず、帝国日本は、旧軍隊のみならず、政府自らも事実上これに加担し、その結果として、先に主張したとおりの重大な人権侵害と深刻な被害をもたらしたばかりか、前記控訴人選定者らをはじめ、慰安婦とされた多くの女性のその後の人生までをも変え、第二次世界大戦終了後もなお屈辱の半生を余儀なくさせたものであって、憲法制定後五〇余年を経た今日まで同女らを際限のない苦しみに陥れている。

(3) このような場合、法の解釈原理として、あるいは条理として、先行法益侵害に基づくその後の保護義務を右法益侵害者に課すべきことが一般に許容されている。したがって、憲法制定前の帝国日本の国家行為によるものであっても、これと同一性ある国家である被控訴人には、その法益侵害が真に重大である限り、被害者に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の法的作為義務が課せられているというべきであり、特に個人の尊重、人格の尊厳に根幹的な価値をおき、かつ、帝国日本の軍国主義等に関して否定的認識と反省を有する憲法制定後は、ますますその義務が重くなり、被害者に対する何らかの損害回復措置を採らなければならないはずである。

(4) しかるに、被控訴人は、憲法制定後も多年にわたって右作為義務を尽くさず、同女らを放置したままあえてその苦しみを倍加させたのであり、この不作為は、それ自体がまた同女らの人格を傷つける新たな侵害行為となるというべきである。そして、遅くとも従軍慰安婦問題が国際問題化し、被控訴人の国会においても取り上げられるようになった平成二年五、六月ころには、右不作為による新たな侵害行為は、それ以前の多年にわたる放置と元慰安婦女性の高齢化、被控訴人の労働省職業安定局長の「民間業者が云々」との国会答弁、そのころまでには明確に自覚されるに至った女子差別の撤廃と性的自由の思想等々とあいまって、いよいよその人権侵害の重大性と救済の必要性を増し、違憲的違法性を帯びるものとなった。

(5) ところで、最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁は、結論として、「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。」と判示する。しかし、立法の不作為に関する限り、その不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしているときには、その場合にも例外的に国家賠償法上の違法をいうことができるものと解すべきである。

(6) その理由は、憲法の原理、つまり、議会制民主主義に立つ立法府をも拘束する原理が基本的人権の思想であり、この基本的人権の尊重、確立のために議会制民主主義の政治制度が採用され、さらにこれを十分に保障するために裁判所に法令審査権が付与されたはずであるからである。したがって、少なくとも憲法秩序の根幹的価値にかかわる人権侵害が現に個別の国民ないし個人に生じている場合に、その是正を図るのは、国会議員の憲法上の義務であり、同時に裁判所の憲法上の固有の権限と義務でもあって、その人権侵害の事態が作為による違憲立法によって生じたか、違憲の立法不作為によって生じたかによってこの理が変わるものではない。ただ、立法権、司法権という統治作用ないし権限の性質上の差異や、国会、裁判所という機構ないし能力上の差異によって、自ずとその憲法上の権限の範囲やその行使のあり方が定まり、裁判所にあっては、積極的違憲立法についての是正権限は右のような憲法秩序の根幹的価値にかかわる人権侵害以上に広く、消極的違憲の立法不作為についての是正権限は、憲法秩序の根幹的価値にかかわる人権侵害のごとく、より狭い範囲に限られることになると解されるのであるが、逆に積極的違憲立法の是正については、当該法令のその事案への適用を拒否することによって、簡明に果たされるのに対し、消極的違憲の立法不作為については、その違憲確認訴訟を認めることに種々の難点があることから、国家賠償法による賠償を認めることがほとんど唯一の救済方法になるともいえるのであって、その意味では、むしろ、立法不作為にこそ違法と認める余地を広げる必要もある。このように立法不作為を理由とする国家賠償は、憲法上の国会と裁判所との役割分担、憲法保障という裁判所固有の権限と義務に関する事柄であり、国会議員の政治的責任に解消できない領域において初めて顕在化する問題であって、これが国家賠償法上違法となるのは、単に立法不作為の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行わないというごとき場合に限られず、前記の意味での当該人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性が認められる場合であって(その場合に、憲法上の立法義務が生じる。)、しかも、国会が立法の必要性を十分認識し、立法可能であったにもかかわらず、一定の合理的期間を経過してもなおこれを放置したなどの状況的要件、換言すれば、立法課題としての明確性と合理的是正期間の経過がある場合にも立法不作為による国家賠償を認めることができる。

(7) 本件において、人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性は、前記(1)ないし(4)で主張したとおりであり、平成五年八月の内閣官房外政審議室の「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題する調査報告書及びそれに続く河野洋平内閣官房長官談話発表以降の早い段階で、立法課題が明確化し、被控訴人の前記(3)の作為義務は、被控訴人の国会議員において従軍慰安婦らが被った損害を回復するための特別の賠償立法をすべき憲法上の義務に転化し、その後三年間の合理的期間を経過した後も右賠償立法がされなかった。したがって、被控訴人は、立法不作為による国家賠償法一条一項の賠償責任を負う。また、冒頭掲記の控訴人選定者らの被害は、金銭的賠償だけでは回復し得ないものであるから、国家賠償法四条、民法七二三条により原判決別紙記載の公式謝罪を求めることができる。

(二) 遺骨所在不明者等関係(控訴人選定者<略>)

(1) 控訴人選定者<略>の控訴人選定者らの妻や父兄らは、軍人、軍属、労務者又は従軍慰安婦等として強制連行された後生死不明のまま消息がない。そのため、死亡日時もわからず忌日も知る方法がないまま、五十数年間にわたり悲しみ咽んでいることは、原判決別紙一<略>の「第三、原告の身分及び被害状況」の当該控訴人選定者欄記載のとおりである。

(2) 被控訴人は、終戦後二四〇万余戦死者中一二二万余名の遺骨を四〇余年にわたり調査収集して本国に送還し、現在東京都内の千鳥ヶ淵公園の地下納骨堂に安置しているし、ロシヤにある三八、六〇〇余名の戦死者の遺骨をも本国へ送還すべく努力しているが、韓国人に対しては、ただ一人の遺骨すらも調査収集した事実がないばかりか、この点について寸毫の誠意だに表しないでいることは人道上宥恕されない。被控訴人は、彼らを死地に強制連行した主体であるので遺骨だけでも収集送還すべきはあまりにも当然なことであるにもかかわらず、かくのごとく放棄したことは、死体又は遺骨に対する犯罪行為に該当する。

(3) 前記千鳥ヶ淵公園の地下納骨堂には、朝鮮出身者遺骨として日本式創氏名で死亡地別に安置されており、その中には冒頭掲記の控訴人選定者らの父兄の遺骨も含まれているという情報もあるが、被控訴人は真相調査に応じないばかりか、同控訴人選定者らの遺骨返還要求に応じない。

(4) この問題においても、従軍慰安婦に対する被害に劣らず、遺族である前記控訴人選定者らの精神的苦痛が甚だ深大であるから、従軍慰安婦についての主張と同様の理由から、生死不明の調査、遺骨の引渡し及び賠償ないし補償を行う立法をすべき義務があった。しかるに、戦後五〇年を経た今日に至るまで立法がなされず、その上このことについて少なくとも過失があるから、被控訴人は、立法の不作為による国家賠償法一条一項の賠償責任を負う。そして、冒頭掲記の控訴人選定者らの被害は、金銭的賠償だけでは回復し得ないものであるから、国家賠償法四条、民法七二三条により原判決別紙<略>記載の公式謝罪を求めることができる。

2  被控訴人

控訴人らの主張は、すべて争う。

(一) 立法不作為と国家賠償法上の責任について

立法不作為が原則として国家賠償法上違法とされることはないことは確定した判例である(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁等)。その場合、被控訴人に国家賠償法上の責任が生じることはない。立法不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の重大な侵害を個別の国民ないし個人に生じさせているという事態があっても、これに対処する立法義務のあることが憲法の明文上あるいは解釈上明白に認められる場合でなければ国家賠償法上の責任が生じることはない。また、立法の不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の重大な侵害を個別の国民ないし個人に生じさせているという事態があれば、憲法上一義的に明白に救済立法をすべき義務が生ずるということもできない。

(1) 憲法は、立法にかかわる事項については、国会に唯一かつ広範な権限を与えている(憲法四一条参照)。立法にかかわる事項の中には、立法をし又はしないことが憲法に違反するか否かの判断も含まれており、国会が第一次的に憲法との関係も判断することになる。これに対して、立法された法律の憲法適合性の判断は、憲法上明文をもって裁判所に認められた権限であるが、立法の不作為についての憲法適合性の判断権限は明文で認められているものではないから、極めて制限的に解釈すべきことは憲法四一条、八一条の文理及び趣旨から明らかである。したがって、憲法の基本原則である三権分立制度の憲法上の例外である憲法八一条の解釈において明文にない権限を広げるべきであるとする控訴人らの解釈が誤りであることは明白である。「憲法の根幹的価値にかかわる人権侵害」という著しく不明確で、その外延を確定することすらできない基準をもって、裁判所が広範な裁量により立法過程に介入し、国家賠償責任を認めることにより、実質的に立法行為を強制するに等しいことをなすことは、憲法四一条が国会に認めた国権の最高機関であって唯一の立法機関であるという地位を実質的に否定するものであり、憲法八一条が裁判所に付与した権限を逸脱するものというべきである。

(2) 立法の不作為状態が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の重大な侵害を個別の国民ないし個人に生じさせているという事態を想定することは困難であるが、仮に想定できるとしても、そのような事態に対し、いかなる立法措置をいかなる時期に講じるかについては、国会の広範な裁量的判断が許容されるのであるから、立法義務が生じるのは、そのような立法義務のあることが憲法の明文上又は解釈上明白な場合に限られるというべきである。

(3) 立法の不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の重大な侵害を個別の国民ないし個人に生じさせているという事態がある場合には、直ちに救済立法をすべき作為義務が生ずることが憲法上一義的に明白であると解する根拠もない。

(二) 控訴人らが主張する従軍慰安婦問題や遺骨問題と憲法上の立法義務について

(1) 先行行為に基づく作為義務について

控訴人らは、控訴人選定者らやその親族らを従軍慰安婦又は軍人、軍属、労務者として強制連行して性的奴隷状態においたとか死亡してもその遺骨を返還しようとしないという被控訴人の先行行為により被控訴人に作為義務が生ずると主張する。しかしながら、控訴人らのいう「先行行為に基づくその後の保護義務」なるものは、実定法上の根拠が薄弱である上、内容自体が不明確で曖昧な概念である。

不作為の不法行為が認められる類型として、先行行為に基づき作為義務が生ずる場合のあることは、承認されている(最高裁昭和六二年一月二二日第一小法廷判決・民集四一巻一号一七頁)。しかし、この場合には、先行行為について不法行為責任が認められるのではなく、その行為に基づき損害発生防止のため、例えば事故回避措置を採る作為義務が生じ、それを尽くさなかったことが独立した不法行為となるのである。

これに対し、控訴人らは、右にいう「先行法益侵害に基づくその後の保護義務」に基づき「被害者に対する何らかの損害回復措置を採らなければならない」という結論を導いているが、先行法益侵害に対し損害回復措置を採るべきであるとするのであれば、結局、右の「保護義務」とは、先行法益侵害についての一般的な損害賠償義務をいうにすぎないとも考えられる。

しかし、そうであれば、控訴人選定者ら又はその親族が、いわゆる従軍慰安婦として稼働させられたとされるのは憲法施行前のことで、かつ、国家賠償法施行前の、いわゆる国家無答責の法理が採用されていた間のことであり、同法附則六号も右法律施行前の行為に基づく損害について責任を負わないこととされていたのであるから、国が、いわゆる従軍慰安婦に対し、何らかの損害回復措置を採るべき義務を負うという結論にはならない。

(2) 新たな侵害について

控訴人らのいう被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の作為義務は、控訴人らによれば、被控訴人に課せられたものであるから、これを履行する方法は、立法に限られるものではないのであって、右作為義務から何故国会議員に対し、何らかの立法をなすべき作為義務が生ずるのか明らかでない。

また、国家賠償法一条一項の国の損害賠償責任は、「公務員」の責任に代わる責任、すなわち代位責任とするのが通説判例であり、そうである限り、公務員についての職務上の義務の内容を特定しなければならないのであり、その義務の法廷根拠も当該公務員について検討すべきである。立法の不作為を問うのであれば、国会議員が控訴人らに対して職務上の義務を負うことがあるのかが検討されなければならないはずである。控訴人らは、被控訴人の先行行為に基づく条理上の義務を根拠として国会議員に賠償立法義務があると主張するが、被控訴人の義務をもって、直ちに被控訴人と主体を異にする国会議員の義務の根拠とするのは、国家賠償法一条一項の解釈を誤るものである。

控訴人らは、「被控訴人が控訴人らを放置してあえてその苦しみを倍加させた」とも主張するが、本件のようないわゆる戦後処理問題については、被控訴人は、日本国との平和条約(サン・フランシスコ平和条約)その他二国間条約を締結するなどして誠実に対応してきており、韓国を含めこれら条約の当事国との間では、法的に解決済みである。

(3) 立法不作為の違法性の主張について

控訴人らは、平成五年八月の内閣官房外政審議室の「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題する調査報告書の提出及びそれに続く河野内閣官房長官談話が、国会が従軍慰安婦関係控訴人選定者らに対する賠償立法をすべき憲法上の義務を発生せしめる契機となり得ると主張するが、右談話の内容は、控訴人選定者あるいはその親族である従軍慰安婦であったとされる者に対し、憲法上の賠償義務があることを認めるような内容でもなく、まして国会議員に対し賠償立法をすべき作為義務を課するような内容ではないことはその文言自体から明らかである。そもそも、三権分立の基本原理からすれば、行政府が発出した談話等により、国会に一定の立法が義務づけられることはあり得ない。

前記昭和六〇年最高裁判決によれば、「一般に、国会がいつ、いかなる立法をすべきか、あるいは立法をしないかの判断は、国会の広範な裁量のもとにあり、その統制も選挙を含めた政治過程においてなされるべきであることは、憲法の統治構造上明らかである」と認められるから、右内閣官房長官談話があったとしても、その後、いつ、いかなる立法をすべきか、あるいは、立法をしないのかの判断は、国会の広範な裁量に委ねられるというべきであって、右談話から三年間を立法に必要な期間とする根拠はない。

(三) 控訴人ら主張の立法不作為について国家賠償法上の違法性が認められないことについて

いわゆる従軍慰安婦及び遺骨問題に対する賠償立法義務等が内容も含めて憲法上明文でもって定められているとはいえず、また、控訴人らが挙げる憲法前文、九条、一三条、一四条、一七条、二九条一項及び三項、四〇条、九八条二項の諸規定を統合しても憲法解釈上、そのような賠償立法等を行うべき作為義務の存在が一義的に明白であるとはいえない。

(四) 立法不作為による公式謝罪の義務も、これを認める法的根拠がない。

第三当裁判所の判断

一  本件請求について

当裁判所も、控訴人らの本件請求は、いずれも不適法であるか、又は理由がないと判断するものであり、その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第三 争点に対する判断」欄の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決六丁表一〇行目から同裏二行目の「さらに、」までを次のとおり改める。

「1 本件原状回復義務等存在確認請求は、要するに、被控訴人が、一九〇四年二月二三日の「韓日議定書」締結以降、当時の「大韓帝国」の主権を徐々に侵略し、最終的には、「一九一〇年八月二二日字条約」(合邦条約)に基づき韓国を自国の領土とし、一九四五年八月まで韓国を支配し(侵略及び国権奪取行為)、その支配期間中に、農土の収奪等の経済侵奪、独立運動等に対する弾圧行為をし、韓国民の生命及び財産を収奪し、韓国民に「創氏改名」を強制し、韓国語の使用を禁止するなどの民族抹殺行為を行い、侵略戦争のために韓国の物的資源を収奪し、韓国民族を強制的に動員、連行し、酷使するなど奴隷状態に置き、とりわけ従軍慰安婦に対して非人道的野蛮行為を行い、それらの者のうちの死亡者の遺骸(遺骨)を遺棄し、韓国民に対して精神的及び肉体的苦痛を与え、さらに、無謀な戦争挑発行為の結果、」

2  同六丁裏八行目から同七丁表二行目までを次のとおり改める。

「控訴人らが被った被害は被控訴人の韓国と韓国民に対する「総体的集団的不法行為」によるものであり、控訴人らを含む韓国民個々人の個別的な損害賠償請求権等はこの「総体的不法行為」の成立を前提とするから、被控訴人の控訴人ら個々人に対する本件原状回復義務等の存在確認請求と韓国民全体に対する本件原状回復義務等の存在確認請求とは不可分の関係にあるところ、控訴人らは、被控訴人が韓国民全体に対してなした「総体的集団的不法行為」の被害者として本件原状回復義務等の存在確認を求めているのであって、控訴人ら以外の韓国民が被った被害に対して請求しているものではない。そして、被控訴人が控訴人らに対する本件原状回復義務等を否認している以上、確認の利益はあるというべきであり、また、現段階においては本件原状回復義務等の法律関係の内容を履行の訴えを提起し得る程度に具体化できないので、ある程度抽象的にならざるを得ないが、その段階で、被控訴人が本件原状回復義務等を否認しているのであるから、控訴人らとしては、将来具体的かつ個別的請求をすることができる法的地位があるかどうかを確認しておく利益がある、と主張する。」

3  同七丁表七行目の「少なくとも」の次に「一般的に、訴訟当事者たる」を、同末行の「したがって、」の次に「一般的に、」を各加える。

4  同七丁裏七行目の「とおり、」の次から同末行までを次のとおり改める。

「被控訴人が韓国民全体に対してなした「総体的集団的不法行為」の被害者として本件原状回復義務等の存在確認を求めるのであって、控訴人ら以外の韓国民が被った被害に対して請求しているものではないというのであるが、その主張にもかかわらず、控訴の趣旨2項では、依然として「韓民族が蒙った被害に対して、原状回復、損害賠償及び公式謝罪の責任がある事」の確認を求めているのであるから、その請求は、被控訴人が控訴人ら以外の韓国民に対して本件原状回復義務等を負っていることの確認を求める部分を含むものと解する余地があり、そうであるとすれば、その部分に」

5  同八丁裏五行目の「右確認請求」の次に「に係る訴え」を加える。

6  同八丁裏八行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「なお、控訴人らの本件原状回復義務等存在確認請求が控訴人らの主張する「総体的集団的不法行為」について、その主張事実の確認を求めたり、被控訴人に責任原因のあることの確認を求めたりするものであるとしても、民事訴訟法上そのような請求が独立の訴えとして認められていないことはいうまでもない。」

7  同一五丁表四行目、六行目、同裏二行目、九行目の各「二項」を各「二段」に改める。

8  同一五丁表七行目冒頭の「の」を「に」に、同九行目の「との条項は」を「とあるのは」に、同一〇行目から同末行にかけての「右条項」を「これ」に各改める。

9  同一七丁表一〇行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「7 控訴人らは、被控訴人は憲法前文一段、二段、同九条に基づき「道義的国家たるべき義務」を負うのであるから、謝罪と賠償の範囲、方法を規定する立法が欠けていても、裁判所としては、類似法令の類推等を通じてこれを特定し、司法救済を実現すべきであるとし、国家賠償法の規定を、除斥期間、時効等に係る規定を除いて類推適用し、控訴人らの請求を認めるべきであると主張する。しかしながら、憲法前文、同九条が、裁判所に対して国家賠償法の類推適用を法的に義務づけたものと解することは到底不可能であり、また、国家賠償法制定前の国家の行為について同法を類推適用するのは、同法附則六項の規定を無視することになる。控訴人らの主張は、独自の見解に基づくものであって採用することができない。

したがって、控訴人らの国家賠償法の類推適用に基づく請求は、理由がない。

8  控訴人らは、明治憲法二七条の解釈は憲法二九条の解釈がそのまま妥当するとし、国の行為が違法であると適法であるとを問わず、また、財産権ばかりか生命・身体の自由に対しても損失補償を認めた規定であることを前提として、同条に基づき補償請求することができると主張する。しかしながら、明治憲法下においては、権力的作用については、違法行為に対しても国は賠償責任を負わないものとされていたことに加え、明治憲法二七条は、「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ」、「公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と規定していたのであるから、財産権の損失補償についても法律に基づいて初めて損失補償請求権が生ずるものと解されるのであって、同条の規定から直接に損失補償請求権が生ずると解することはできない。

また、控訴人らが明治憲法二七条の解釈についても同様に解すべきであるとする憲法二九条三項は、財産権を公共のために用いることができることを前提として、その正当な補償を規定するものであることは、その文言上明らかである。したがって、同条項は、公共のために用いる国の行為が違法である場合の補償を予定したものでもなく、生命・身体の自由を公共のために用いることができることを前提とするものでもないことは、明白である。

したがって、憲法二九条三項に関する解釈をもって、明治憲法二七条に基づく控訴人らの本件補償請求の根拠とすることはできず、控訴人らの右請求は、理由がない。」

二  当審における予備的請求について

控訴人らの当審における予備的請求は、要するに、被控訴人の国会議員において、被控訴人が韓国人である従軍慰安婦に対して一定の賠償金ないし補償金の給付をなすべき旨を定める法律を、内閣官房長官談話等から三年以内に成立させなかったことが、国家賠償法上、違法の評価を受けるとし、国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条の規定に基づき控訴人らが右の違法な立法懈怠により被った新たな侵害につき慰藉料の支払及び公式謝罪を求めるというものである。

1  従軍慰安婦関係

(一) 憲法一七条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定し、これを具体化した国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定している。国会による立法も公権力の行使に当たるから、国会議員の立法行為も国家賠償法一条一項による賠償の対象になり得る。

もっとも、憲法が採用する議会制民主主義の下における国会議員の立法過程における行動は、原則として国会議員各自の政治的な判断に任され、その行動の当否は、最終的には自由な言論や選挙を通じての国民の政治的評価に委ねられているというべきである。

すなわち、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会としてあえて当該立法を行うがごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないと解すべきである(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁等参照)。

(二) 控訴人らは、憲法前文、九条、一三条、一四条、一七条、二九条一項及び三項、四〇条並びに九八条二項等の各規定を総合すれば、国会議員には控訴人らが主張する「帝国日本による侵略戦争及び植民地支配により被害を蒙った控訴人らに対する賠償ないし補償を行う立法」をすべき義務があると主張するが、次にみるとおり、憲法前文その他の条項のどれ一つを取り上げても、また、これらの規定を総合しても、右立法の作為義務を一義的に定めた規定であると解することは到底できない。

すなわち、憲法前文は、憲法の基本原理を宣言するものであるにとどまり、それ自体において裁判規範性はなく、同前文から謝罪と賠償についての一義的な立法義務が生じているとは到底解されない。憲法九条は、国の戦争放棄、軍備及び交戦権の否認を規定しているが、同条の理念である平和主義及び国際協調主義から、直ちに、国会に対して「従軍慰安婦」及び「遺骨問題」に対する賠償立法等を一義的に義務づけているとは解されない。憲法一三条は、個人の尊重と生命、自由及び幸福追求権を規定しており、それらが、国家による侵害から保護されるべき法的利益であることの根拠とはなるが、その法的利益の侵害に対し同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、賠償立法義務等が生じたりする余地はない。憲法一四条は、国政の高度の指導原理として法の下の平等原則を宣言したものであり、これに違反する法令、処分等な無効とされるが、その違反行為に対し同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、賠償立法等の措置を採るべき義務が生じたりする余地はない。憲法一七条は、前記のとおり国家賠償法の制定を規定するにすぎず、同法の制定に際し、どのような要件の下に、憲法にいう「不法行為」を認めて損害賠償請求権を生じさせるかについては、なお立法府の裁量に委ねられているものと解され、同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、また、一義的な立法義務を定めたものとまでは解されない。憲法二九条一項及び三項は、財産権の保障及び財産権についての特別な犠牲に対する補償を規定しているが、控訴人らの主張する損害はそもそも同条項にいう財産権についての特別の犠牲ではなく、右各条項において、それらの損害に対する賠償立法等の義務が一義的に定められているとは到底解されない。憲法四〇条は、刑事補償請求権を規定するが、同請求権は同条の文言上明らかなように刑事手続において無罪の裁判を受けた場合を前提とするのであって、同条が賠償立法義務等を一義的に定めていると解する余地はない。憲法九八条二項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を遵守すべき旨を規定するが、同規定が賠償立法義務等を一義的に定めていると解することはできないし、また、日本国が締結した条約及び確立された国際法規にも右義務を一義的に定めているものは見当たらない。

以上のとおり、憲法前文その他の規定のどれ一つを取り上げても、右立法の作為義務を一義的に定めた規定であるとは解することはできないのであるが、また、それらの条項を総合的に解釈してみても、立法義務が一義的に定められていると解することは到底できない。

したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

(三) また、控訴人らは、従軍慰安婦に対する補償立法について、憲法上立法についての文言が一義的でなくても、その不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、国会議員に立法義務が生じ、その是正を図るのが裁判所の固有の権限と義務であり、単に国会議員の政治責任を問うのみでは解消できないというが、既存法規の憲法適合性の審査ではなく、憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害があり、かつ、これを救済する立法をすべきであるとの司法判断を、民事訴訟等の場において裁判所が行うことを憲法が予定していると解することはできない。憲法は、三権分立の原則を採用し、その制度の下において、それらの立法の要否、内容、立法の時期等については、憲法の一義的な文言に違反していない限り、原則として立法府の裁量に委ねていると解するのが相当である。したがって、右立法の不作為をもって国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものということはできない。

(四) 控訴人らは、憲法制定前の帝国日本の国家行為によるものであっても、これと同一性のある国家である被控訴人には、その先行する法益侵害が真に重大である限り、被害者に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の法的作為義務が課せられ、被害者に対する何らかの損害回復措置を採らなければならないことを前提に、国会議員に立法の作為義務が生じるのは、立法の作為義務を一義的に定めた規定がある場合だけでなく、その不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合にも、例外的に国家賠償法上の違法をいうことができるものと解すべきであると主張する。しかしながら、控訴人らの主張する立法義務の具体的内容が明らかではない本件において、そもそも立法不作為の懈怠を判断することができるか疑問である上、憲法上いかなる立法をなすべきかについて一義的に定めた条規がない場合には、立法の要否、内容、時期等について、なお立法府である国会の政治的な判断に任されているとみるべきであることは、前記(三)に説示したとおりである。

したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。

2  遺骨問題関係

また、控訴人らは、遺骨所在不明者等に対して一定の賠償金ないし補償金の給付をなすべき旨を定める法律を、内閣官房長官談話等から三年以内に成立させなかったことが、国家賠償法上、違法の評価を受けるとし、国家賠償法一条一項等に基づき控訴人らが右の違法な立法懈怠により被った新たな侵害につき慰藉料の支払及び公式謝罪を請求する。しかしながら、右請求が理由のないことは前記1の従軍慰安婦関係について説示したとおりである。

よって、控訴人らの右主張も採用することができない。

3  そうであるならば、控訴人らの当審における予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことになる。

第四結論

以上のとおりであるから、控訴人らの本件請求のうち、不法行為に基づく原状回復、損害賠償及び公式謝罪の各義務の存在確認請求に係る訴えを却下し、その余の請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴及び当審における予備的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 河野信夫 岩田眞 井口実)

控訴人(選定当事者)目録<略>

控訴人選定者目録<略>

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